ひかりあるところ
 
雨々
 
□場面2
 
(観客が客席につくと、女3が出てくる。)
 
女3 本日はご来場いただきましてありがとうございます。光ある所在、現在開演しております。あらためまして、どうぞよろしくお願いいたします。上演時間は、今さっき公演受付で起こった出来事を足しまして、トータルで○○分の予定です。そう言えばこの劇団、スマホについてとか、一度も言わないなぁ、と思われている方もいらっしゃるかも知れませんが、劇場という場所で、もう音の鳴る何かをどうにかこうにかするのがマナーとして定着しているから、なのですが、お忘れの方、今がチャンスです。あれ?って思われた方、ちょっと心配になった方、カバンからスマートホンを出して確認していただいて構いません。私なんかは、商売柄って言いますか、怖いので、実はもうずーっと音もバイブも鳴らない設定で暮らしてまして、それで、連絡がつかないって怒られたりもするんですね。でも、仕方ない。
 
 (女4、手に乾いた洗濯物とか持ってきながら、出てきていて。)
 
女4 ほんと、困るのよね、あんたに連絡つかなくって。
女3 しっ。
女4 この間なんか、お母さんからいつ実家に帰ってくのかって聞かれても、あんたに連絡がつかないからぜんぜん決められなくって。
女3 ライン返したでしょ。
女4 既読ついたのが半日後、連絡来たのが2日後。
女3 いろいろ忙しかったのよ。
女4 どうだか。

 
 (女4は、洗濯物畳んでいる。)

 
女3 あっ、すみません、どこまで行きましたっけ、えー、あっ、でも、・・・なにがでも? とにかく、こうして私がただ突っ立ってるのを見まして、あれ?って。開演したって言いましたけど、いやいや、受付と、前説だけじゃないかって思ってますでしょ? いやいや、もうこれが本篇なんです。正真正銘、物語が始まってます。

女4 自分のやつは自分で畳んでね。
女3 えっ。
女4 そりゃそうでしょ。あんたのばっかだし。
女3 ついでついで。
女4 交換条件。
女3 んー、今日の夕飯。
女4 インスタントはなしよ。
女3 えっ、んー・・・、ピザ、レッド・ホット・チリペッパーとマキシマムザホルモンのハーフ・アンド・ハーフで。
女4 ・・・乗った。
女3 契約成立。

 
女3 えー、お待たせしました、えっと、あれ? ほんとどこまで喋ったか・・・、あっ、今日私、夢を見たんですね。それが、本番の舞台で、台詞がぜんぜん出てこなくって、冷や汗、頭が真っ白で、言葉が出てこない、もう本当、焦って焦って、恐怖で目を覚ました。本当、ヤバい夢だったんですけど、実はですね、稽古とかうまく行っていて、自信がある時に見る夢なんですね、こういった夢って。まあ油断すんじゃねーぞって危機を知らせる、みたないな。もし実際は稽古がうまく行ってなかったりして、焦ってる時には、こんな夢は見ない。気持ちを落ち着かせるために、舞台が成功する夢を見る。これって、役者あるあるって言いますか、けっこう皆共通の経験があるんです、舞台やってる人たち。いやー、人間の心の中、よく出来てますよね、安心してる奴には油断すんじゃねーぞって、焦って気持ちがグラグラの時は、成功する夢を見せて背中を押してくれる。

 
女4 そうかな。そんな都合よく出来てるかな。
女3 出来てるの。
女4 不安の時はすごい悪夢見そう。
女3 やだもう、見ないって。
女4 私は、見そう。
女3 ネガティブ。
女4 そうよ、あんたとは違うの。
女3 もう、ちゃちゃ入れないで、私は私だけど、これ台詞、今本番中なんだから。
女4 本番中?
女3 そうよ、聞こえていたでしょ。

女4 壁に向かって一人でブツブツやっているのが? 
女3 壁に?
女4 ええ。
女3 ここ壁?
女4 そうよ、何言ってるの。そのカレンダーの女に話しかけてたの? 私その子苦手なのよね、まあアイドル全般的に好きじゃないけど、バラドルって言うの? いっつもテレビでうるさくって。
女3 ここにはカレンダーがかけてあるのね?
女4 確認必要?
女3 さあ。
女4 練習かなんか?
女3 練習?
女4 公演近いんでしょ?
女3 近い、って言うか今。
女4 訳分かんない。

 
(女4のスマホが鳴る。)

 
女3 あっ、スマホの音は!
女4 なーに?
女3 あっ、いえ。
女4 (電話に出て)もしもし。
女3 もしもし!
女4 いけない?
女3 だって今どきもしもしなんて電話出る人。
女4 いるでしょ。
女3 いるかなぁ。
女4 いるわよ。

 
女4 ああ、ごめん、こっちで話かけられて。うん、えっ、声が似てる? やめてよ、スマホ新しいのに換えてよ、今むっちゃ音クリアらしいわよ。うん、うん、分かった。伝えとく。うん、了解、、ああ、あのさ、元気? そりゃ心配だよ、うん、うん、ならいいけど、でも本当、ムリしないでね。なんかあったら私に頼って。(笑)、そりゃ何の役にも立たないけど、でも、駆けつけるよ。飛んであなたのトコに行く。うん。私も。じゃ。後でね。

 
女3 誰から?
女4 なんで?
女3 気になるから。
女4 他人なんかに興味ない癖に。
女3 そんなこと。
女4 なんか壁の向こう側に説明しようとしているんでしょ。
女3 えっ?
女4 壁の向こう側、あなたにしか見えない沢山の視線。セオリー通り、何気ない会話で状況や関係、そして物語が浮き彫りになって行く。
女3 そんな実も蓋もない。
女4 私をあなたの世界に巻き込まないで。
女3 いや巻き込むも何もすでに。
女4 私には壁なの。
女3 んー。
女4 カレンダーには嫌いなアイドル。2025年5月、んー、今日は何日だっけ、えっと・・・
女3 んー。
女4 不満?
女3 そりゃ分かってるけどさ。
女4 分かってるようには見えません。
女3 なんかごめん。
女4 それより、伝言を預かったわよ。
女3 私に?
女4 ごめんって。
女3 今の電話、じゃあ。
女4 私の声聞いて本当は分かったでしょうに。
女3 ぜんぜん。
女4 そうなの? にぶっ、あのね、離婚が正式に決まったって、これであなたとはちゃんと他人になったって。
女3 そう、なんだ、もうとっくに他人だと思っていたから。
女4 冷たっ。手続きとか色々面倒なのよ。
女3 うん、えっ、ってことはさ、あの人病気か何かなの?
女4 なんで?
女3 だってさっきの会話。
女4 ああ、心の病、信じていた奥さんに裏切られて、心をぶっ壊したのよ。
女3 ああ、そっか。そうだよね。
女4 そして薄々分かったと思うけど、今は私がその心の病に寄り添ってるの。
女3 うん。
女4 あやまったりしないでね。
女3 あやまらないわよ。
女4 お礼とかも逆効果。
女3 分かってる。
女4 んじゃ、オセロやろうか。
女3 なに突然に。
女4 畳み終わったし、やり方くらい分かるでしょ。
女3 オセロでしょ? 
女4 挟んだらひっくり返すんだよ。
女3 知ってるって。
女4 白と黒どっちやる?
女3 本当にやるの?
女4 なんでよ。
女3 いや。
女4 黒が先行なんだよ。
女3 えっ、なにそれ。
女4 公式ルール。どっち?
女3 え―っ、じゃ黒かなぁ。
女4 じゃ先行ね。ちょっと待ってて、今持ってくるから。
女3 なに、ここにあるんじゃないの。
女4 すぐ裏だから、すぐだから待ってて。(はける)
女3 うん。

 
(一瞬の暗転。明転すると、女4が?に変身して登場。)

 
?  はい、お待たせ。
女3 えっ、誰?
?  オセロやるって言うから。
女3 いや、人が換わったから。
?  人が? ああ私よく変わった人だって言われるものね。
女3 そういう意味じゃ、選手交代?
?  選手? オセロの?
女3 いや、選手って言わないか、まあ相手には不足ないけど、普通に誰って思って。
?  姉の顔を忘れたの?
女3 忘れてないから問題なのよ。
?  歌う?(もしくは、特技を)
女3 何で?
?  いや、疑いを晴らすために。
?  晴れるかなぁ、疑い、深まりそう。

  (歌う。もしくは特技を。)

 
?  これで疑いが腫れたでしょ。
女3 んー、返事が難しい。
?  さ、じゃ、じゃんけんしよ。じゃ―んけん、
女3 私が黒よ。
?  分かってるって、じゃ―んけん、
女3 いやいや、これ何のじゃんけん。
?  じゃんけんはじゃんけんよ、何のじゃんけんとかじゃんけんに種類はないわよ。
女3 そうじゃなくて、えっと、オセロは黒が先行なんでしょ。
?  だから?
女3 いや、だから、だったらじゃんけんで何を決めるの?
?  勝ち負け、勝敗。
女3 ん? 今あたしのが変なこと言ってる?
?  んー、どうだろ。
女3 あの、じゃんけんはつまり独立しているの?
?  独立?
女3 オセロと。じゃんけんはオセロとは関係なく、ただオセロの前にやろうと、今のはそういう提案?
?  あはは、ウケる!
女3 いやいや、少しも面白いこと言ってないけど。
?  あーあ分かったわよ、仕方がないわね、私がオセロ持ってくるから。
女3 ちょっと、オセロは持ってきたんでしょ。
?  よく見てよ。
女3 ・・・。囲碁だね! よく見たら囲碁盤だったねこれ。
?  じゃ、ちょっと待ってて。

 
(?が去り、女4がオセロを持って登場する。)

 
女4 ・・・、なに?
女3 また入れ換わった、まあ想定内だけど。
女4 想定内? じゃやろう。やっと始められるね。
女3 それはこっちの台詞。

 
(オセロを始める二人。しばらくして。)

 
女4 オセロはさ、
女3 なによ。
女4 白が強いとか黒が強いとか最初から決まってないじゃん。
女3 そうね。
女4 でもじゃんけんはさ。
女3 またじゃんけん?
女4 じゃんけんは、チョキがパーより強いとか最初から決められちゃってるのがね。
女3 何よ。
女4 残念って言うか。
女3 意味わかんないし。
女4 えっ―、だからじゃんけんは、
女3 いや言ってることは分かるけど、その、なんて言うの、とにかく何の話か分からないって話よ。
女4 こっちこそ分かんないんだけど。
女3 はぁ。
女4 なにため息。
女3 だね。
女4 これ勝ったら賞品何にする?
女3 ないわよそんなもの。
女4 えー、盛り上がりに欠ける。
女3 んー、じゃ負けた方に罰ゲームは?
女4 罰ゲームなに!
女3 んー。
女4 罰ゲームってさ、何で罰ゲームって言うんだろ。
女3 なによ突然。
女4 だってゲームはもう終わった後じゃん、罰ゲームって言うか、単なる「罰」でしょ「罰」。
女3 ああ、だね。
女4 何でだろ。
女3 重いからじゃない。
女4 重い?
女3 「罰」だけじゃ重すぎだから、ゲームって言葉で何て言うの、お遊びですよ的な。
女4 お遊びなの?
女3 でしょ。えっ何の話?
女4 オセロ。
女3 えっ、あんたこれ真剣なの? 
女4 意外と。
女3 わっ、何が掛かってるのこれ?
女4 別に何も、でも、自分の胸に手を当てて考えてみて。
女3 自分の胸に? ・・・あっ、ごめん。
女4 何急に。
女3 いや、ごめん。
女4 あっ! うわっ! あんた勝つつもりね、まだ終わってもいないのに、始まったばかりなのに、最初から勝つつもりね。
女3 まあ、そりゃ勝負ですから。
女4 きー、なんかムカつく。

 
(女4、急に去る。)

 
女3 ちょっとどこ行くのよ。ちょっと、ねえ。

 
(代わりに出てくる ?、手にはイングラム。)

 
女3 あっ、また選手交代?

 
? (銃を向けて)バンバンバンバンバン!

 
女3 うっ。


? ・・・もしも、もしもこれが夢なら、どっち? 現実には不安があって、それを安心させるための夢? それとも、現実はすごいうまく行っていて、それに警笛を鳴らしている。サイレンみたいな。気をつけろよ、油断するなよ、下手こくなよって、自分が自分に教えてくれている。さあ、どっち?

 
女3 (生き返って)って、死んでるんだから答えられる訳ないでしょ!

 
(短い暗転。時間が少し戻る。女3と女4。)

 
女3 (呼吸乱れ)はぁはぁはぁ。
女4 どうしたの?
女3 えっ。
女4 ぼっーとして。
女3 何でも、嫌な夢を見たわ。
女4 起きたまま?
女3 そう、みたい。
女4 変なの。じゃオセロやる?
女3 オセロ!
女4 挟んだらひっくり返すんだよ。
女3 やらないから!
女4 えっ! そ、そう。何どうしたの?
女3 そんなに私を恨んでる?
女4 何言ってるの?
女3 ああもう、いつの間にこれ持ってきたのよ、片して。
女4 えっー、ぶつぶつぶつ・・・

 
(女4がぶつぶつ言いながらオセロを片付けて去る。その去った方向に。)

 
女3 ・・・ああ、言い忘れてたね。おめでとう、姉さん、やっと、ずっと好きだった人と一緒になれるね。なんて、私に言われてもあれか、あれだね・・・
 
(明転のまま、次のシーンへ続く・・・)
 
□場面3
 
(時報。)
 
女3 ・・・あっ、薬の時間、やばい、過ぎてた・・・、(取りに行き)あれ? 確か、ここに、あれ? 薬、薬、やだ、ないと思うと、急に苦しく・・・、えっ、どこ、あれ? 絶対ここに、嘘、誰? そんな、誰が、私の薬、そんな、そんな、嘘よ、こ、こんな、風に、私の人生、おわ、終わる? そんな、ま、さ、か・・・
 
(女3、あっけなく倒れる。間。
 と、そこに、先ほどの場面の女2、淡々と現れて。)